ワークショップ / NPO法人 こどもの広場もみの木

さあ 森のようちえんへ vol.1

2014/11/12

このタイトル「さあ 森のようちえんへ」は、写真家の石亀泰郎さんの著書名です。
この本の表紙には、タイトルの下に〝小鳥も虫も枯れ草も みんな友だちと書かれています。
そしてページをめくると、デンマークの森のようちえんの物語が始まります。
この本は、もみの木園の初期の頃からずっと私たちのそばにあり、いつのときも私たちに指針を示し続けてくれています。
もしこの本に出会える機会がありましたら、ご覧になってみてください。
今日から始まる森のようちえんワークショップでも、子どもたちにとって、小鳥も虫も枯れ草も、みんな友だちだと
実感する日々になることでしょう。  
さて皆さんをお迎えするもみの木園の子どもたちの紹介をいたします。
現在2歳から5歳の16人の子どもたちが、一緒に生活しています。
異年齢の子ども集団であることが、もみの木園の保育の核になっています。
どの子も個性あるひとりひとりで、お互いを引き受け合ってよく遊び、自分たちの時間をつくっていきます。
今日からの5日間、毎日、お客さんをお迎え出来ることを、子どもたちはみんな楽しみにしています。
大きい子どもたち(年中・年長児)は、前日にお客さんを案内したい〝くり山〟に行ってみました。
それも「子どもだけで行きたい!」と子どもたち。
保育者は、田んぼで待つことにして子どもだけでくり山の頂上まで行き、子どもながらに〝視察〟して帰ってきました。
時間にして15分足らずでしたが、子どもが大きく感じられた瞬間でした。
自分たちで出来ることが、ひとつひとつ増えていく。挑戦する自分を奮い立たせる力を持てるようになる。
仲間と連帯して〝子ども同士〟助け合い、補い合う力が本物になっていく。これが子どもたちの日常です。 
ちなみに子どもたちが視察した報告は「くり山はもう栗がほとんどなくなっていたけれど遊べるよ。
てっぺんまで見てきたから大丈夫。ぐるっとまわってきたから、どこでも遊べるよ。」とのこと。
皆さんを案内するのが楽しみです。  
このワークショップで皆さんとお会いする舞岡公園は、日ごと、落ち葉に埋もれ、子どもたちは、立ち止まると
すぐに落ち葉を集め始めます。
田んぼの光景は、もう冬のはじまりを感じます。
里山の自然のなかに包まれて、皆さんで1日を過ごせることを待ち望んでいます。
子どもの内なる自然を見つける楽しみをご一緒に!


ページtopへ戻る

みんながつくった今日という日 Vol.2

2014/11/13

ワークショップ1日目。参加する子どもたちを迎えると、ひとりひとりいいお顔で「来たよ!」と言ってるかのよう。
もみの木園の子どもたちも、昨日から「楽しみ!」とわくわくして今日を迎えた人も、遠くからお客さんを見て
人見知りのような緊張した顔つきの人もいます。しかし、みんなで集まると、たちまちいつもの顔になりました。
ここから始まる今日という日が、どんな1日だったか、子どもたちの遊びやどんなことをしていたかをお伝えしてみます。
*朝一番けやき広場で…落ち葉遊び・斜面を登ったり下りたり・木登り・小人のおうちごっこ・どんぐり拾い
・たぬき追いかけごっこ・枝集め・石集め・土いじり
*おおなばの丘で…どんぐり拾い・木登り・土と水を使ってアイス屋さん・エノキの実を取って食べる・汽車ごっこ
・大きな石のすべり台・かけっこ・葉っぱ集め・水遊び・ビニール袋に水を入れて運ぶ・おやつを食べる
*田んぼへの道…どんぐり拾い・枝を持つ・手をつないで歩く・ちっぷさんの木に 会いに行く・スズメバチの巣を見る
・追いかけごっこ
*田んぼで…あぜ道を歩く・川をのぞく・カマキリを見る・お弁当を食べる・木登り・小川を飛び越える・水遊び
・水掛け遊び・おうちごっこ・電話ごっこ・あぜ道を走る・石を拾って川に投げ込む・枝にひもをつけて川で釣り
・くり山へ行く(くり山へは、小グループになってすみれぐみの子どもだけで案内しました。昨日の視察を生かして堂々と
出かけて行った子どもたち…どんな風に歩いたのでしょうか。どんな気持ちだったのでしょうか。また明日に続くのでしょうか。)
*帰り道…急な山道(階段)を登る・一緒に歩く・カマキリを見る・枝集め・葉っぱ集め・どんぐり拾い・カナブンを見る
以上、私が覚えているのはこのくらいで、直接見ることが出来なかったことも、まだまだあったと思います。
それぞれの場所で、子どもたちはこれだけのことをしているのです。子どもたちは思い思いに遊びながら、バラバラではなく、
あちこちでつながりあって遊び込んでいることに意味を感じました。
そして子どもたちひとりひとりが、心を動かして遊ぶ姿を見て、一緒にいるおとなたちも楽しんで、
気持ちのいい時間がつくられていき何よりでした。  
今日のおしまいに参加者の皆さんにあいさつをしていたら、自然に拍手が湧き起こりました。
一緒に過ごしたお互いに拍手し合いたくなる瞬間でした。


ページtopへ戻る

子どもの思いを知る Vol.3

2014/11/14

今日もみんなよく遊び、楽しい1日でした。なかでも子どもの思いを知る場面がたくさんありました。
FJくんは、友だちのFTくんが遊びに来てくれたので、嬉しくてたまらない様子。身も心も弾ませて1日が始まりました。
まず向かったのは、おおなばの丘。今日も子どもたちは、思い思いに遊び始めました。
木登り、石から石へのジャンプ、大きな石の上では昨日のように、水と土を混ぜて泥んこ。
みんなから少し離れたところでは、Hくん、Aちゃん、Mちゃん、FJくんが石にまたがり、電車ごっこが続いていました。
(後でFJくんから聞いたのですが、電車ごっこだけではなく、みんなで船に乗ったり、おうちごっこもしていたそうです。)
そこに今日、遊びに来てくれたFTくんがやってきました。FTくんは、Hくん、Aちゃん、FJくんと並んだその後ろに座ろうとしたところ、
FJくんが嫌がりました。すると、電車の運転手だった先頭のHくんが飛び降りてきて、一番後ろにまたがったFTくんを、
力づくで引きずり降ろそうとしました。
FTくんは怒って、Hくんの顔を叩きました。それを見たFJくんが、今度はFTくんの背中を叩き、FTくんが泣きました。
Hくんも泣いています。そこに駆けつけたのはJYくん。
JYくんは、こちらの丘で繰り広げられていたレスリングのような戦いごっこに負けて、泣いていたところだったのですが、
自分のことは後回しにして、泣き声が聞こえたと同時に丘を駆け下りていったのです。
JYくんは、電車ごっこで起こったことは何も知らなかったはずです。
JYくんは、そこにいた人に顔を近づけ、様子を伺うように、ひとりひとりに話しかけているのです。全員の話を聞いていました。
そして事態が分かったようで、「ようちゃ~ん」と私に伝えに来たのです。
私も駆け寄り、JYくんの話を聞きました。
JYくんは、とても落ち着いて〝本当のこと〟を知ろうとし、ひとりひとりの友だちのことを考えていました。
JYくんがひとりひとりの話をどのように聞いたのか、私のいた場所からは聞こえなかったのですが、JYくんに訊ねられて、
どの人も落ち着いていくように見えました。
最後に私が行くことになりましたが、行ってみて、私がすることはないことにも気づきました。
しかし子どもたちが自分の気持ちを収めていくために、きっと幼さゆえに、あとひとつ支えが必要なのでしょう。
それがおとなのささやかな役目なのだと思いました。それはひとりひとりを受容することなのでしょう。
そして子どもたちは、次に向かう気持ちをつくっていくのでしょう。  
子どもの思いを知る出来事が、他にもたくさんありましたが、今日はここまでにします。


ページtopへ戻る

遊びの連続性 Vol.4

2014/11/15

このワークショップ便りvol.1に書いた「子どもだけでくり山に行く」取り組みが、ワークショップが始まって今日までの3日間、
すみれぐみの子どもたちだけでお客さんたちをくり山へ連れて行くことを実行し続けています。  
1日目(13日)は3人のおとなの方を2組に分かれて案内しました。それにふたりのことりぐみ(4歳)の子どもが同行しました。
この日は、前日の視察と同じように、頂上まで行ってぐるっと回って、すぐに帰ってきました。  
2日目(14日)は、ワークショップ参加者(おとなも子どもも)全員と2歳から4歳のことりぐみ全員を、
すみれぐみの子どもたちだけで案内しました。残ったのは保育者だけでした。
少しの間、聞こえていた子どもたちの声も聞こえなくなり、あたりは静まり返っていました。どうしたかな?もう頂上についたかな?…
いろいろ想像を巡らして待っていましたが、なかなか帰ってきません。
きっと山の上で遊んでいるんだと思い、帰りの時間も近づいたので、保育者がふたりで迎えに行くと、やっぱり遊んでいました。
茂みの中から次々と勢いよく表れ出てきた子どもたちに、迎えに来たことを告げると「もっと遊びたかった」と残念がりましたが、
帰り道、みんな満ち足りた表情でした。  
そして3日目の今日も保育者は残り、みんなで出かけました。
ただし、Gくん(4歳)とFJくん(3歳)のふたりは井戸で遊んでいました。
ふたりになったとたん、お互いにわくわくしてきたのでしょう。心ゆくまで井戸のポンプを動かし続けました。
くり山へ向かったみんなは、今日もなかなか戻って来ませんでした。昨日と同じく遊んでいたのでしょう。
私たち保育者は、そこに同行出来ないもどかしさを感じますが、
それよりもすみれぐみの子どもたちに任せてみたいという気持ちの方が大きいです。
ワークショップ参加者の子どもたち、ことりぐみの子どもたちはどうしていたのでしょうか。
やはり今日も帰りの時間が近づいたため、私たちが迎えに行きました。すると今日もいい顔をした子どもたちが…。
そして帰り道、新たに気づいたのは、一緒にくり山に行った人たちの間に連帯感のようなものが芽生えていることでした。
そのままみんなで歩いて、もみの木の田んぼをひとまわりしたくなりました。人と人とが一緒につくる時間の素晴らしさだと感じました。
子どもたちは1日のなかでも、ひとつひとつの遊びをいろいろ変化させていきます。
日を追って遊びが連続していくことも、くり山でやっていることから分かります。
子どもたちが日々、挑んでいるのは〝心が満ちてくること〟なのではないでしょうか。
それは子ども自身が自分で、あるいは自分たちで見つけることであり、おとなが思い描けることをはるかに越えているように思えます。


ページtopへ戻る

子どもたちの身の丈に合った自然 Vol.5

2014/11/17

あるお母さんが、こんなことを話してくれました。
「自然は誰にでも合わせてくれているみたいですね。
人工的な遊具は、遊び方が決まっていたり、その遊び方が出来ないと遊べなくなってしまうことが多いのに、
自然の中だと子どもたちは自分に合ったものを見つけ、自分の遊び方で遊んでいることがよく分かりました。」と…。  
私もこの方の視点に思わず共感しました。自分が登りやすい木を見つけて登ってみることも、いろんな枝を吟味することも、
よじ登ったり、またがったり、すべったり、ジャンプするのにちょうどいい石を見つけたり、小川を飛び越えたり、
植え込みの隙間に入り込み、落ち着く空間を探して秘密の隠れ家にすることも、茂みのなかに道を見つけることも、
斜面があれば転がってみたり…と、どのことも、ひとりひとりの子どもが、自分の手の届く自然に向き合い、
自分のからだにぴったり合うものを見つけ、遊びを生み出していることに他ならないことに気づきます。
その様子が、見方を変えると子どもひとりひとりの求めることに合わせて、自然が兼ね備えている多様な要素の
ひとつひとつを提供してくれているように感じられ、冒頭の「自然は誰にでも合わせてくれているみたい」
という感想が新鮮に感じられました。
考えてみると〝自然〟は遊具ではなく、子どもは心が動いたものを探求していく過程で〝遊び〟にしていくのです。
すごいことだと思います。  
今日は全員参加で、子どもたちが力をみなぎらせているようなスタートでした。
互いに体当たりで主張し合う場面も多く、子どもたちみんなの調和を取り戻すのに、少し時間も掛かりました。
もとすみれ(年長組)の3人に、今日の活動を決めるための相談をしてもらいました。
3人は円陣を組むと、おでこをぴったりくっつけて話し合いました。
(どうしてこんなに密着するのだろう?ちょっと不思議です。本気と言うことでしょうか。)
そして「おおなばの丘、田んぼ、くり山」と遊び場を決めました。
子どもが考えたことは、必ず実行することが大事です。やはりくり山が入っていました。この4日間、毎日続いています。
今日は保育者も5分遅れで山に登り、みんなと過ごしました。山頂での様子が鮮やかに見えてきました。
山頂を大きくひとまわり出来る道を見つけた子どもたちが、興奮してみんなを連れて行きました。
すると反対から先回りしてばったり出会うように駆け出す一団が…。くり山を自分たちのものにしたような姿でした。  
今回のワークショップは、連日、ほぼ同じ場所で過ごしています。これほど同じなのは、初めてかもしれません。
子どもたちが経験したことを自分の中に取り込んで、生活力を培っていく過程を見せてもらえているようです。


ページtopへ戻る

自分を知る Vol.6

2014/11/18

vol.1「さあ 森のようちえんへ」という本のなかに次のような文があります。
「子どもが大人に管理されないで、自分の好きなことをして遊べる自由空間が少なすぎる」
「自分が自分の主人公になったことがないものの精神は、自立することができない。
自由に友だちと遊ぶなかで、自立、連帯、創意、責任などの精神の基本になるものが育っていく」…
作者の石亀泰郎さんが松田道雄さんのことばを引用して書かれています。  
おとなに管理されない自由空間とは、好き勝手にやりたい放題やれるということとは違います。
自由であるとは、自分のことを人に決められるのではなく、自分のことを自分で決められる自由を持っているということだと思います。
自己決定の主体になる=自分が自分の主人公になるということが、人から管理されないということ。
子どもは小さく未熟だから、自己決定など出来ないと思われがちです。
または、子どもは自分の気持ちを伝えても、わがままを言っているように受け取られたり、聞いてもらえても誰か最終決定する人がいて、
子どもの意思とは違うものになり変わってしまうことも、よくあるのではないでしょうか。  
自分が自分の主人公になるとは、自分勝手になることではありません。自分で考え決める自由を持って生きるということです。
それは大きくなってからではなく幼い時代から、その自由を持つ人として、自分を育てていくことだと思うのです。
今、自己主張の強い子どもたち、感情をむき出しにしてかかわり合う子どもたち…
それは他者を通して自分を知ることを繰り返しているように思えます。  
ではそれがなぜ森でなのかというと、自然のなかでは、子どももおとなも横に並んでいられるのです。
子どもの遊ぶ力、求める力、感性を膨らませる力は、おとなにはかないません。
おとなは子どもたちと分かち合う時間を楽しみ、長く生きてきた者として経験してきたことを活かし、子どももおとなも一緒になって、
自然のなかで育ち合えることが大事なことだと思っています。  
今回のワークショップは全日、秋晴れの気持ちのいい日が続きました。
しかし生き物にはあまり会えず、ヨコヅナサシガメ、ミミズ、ジョロウグモ、カラス、ヒヨドリ、シジュウカラ、カモ、コサギ、
カマキリくらいだったでしょうか。
生きている虫や鳥を見る子どもたち、からだが止まり、全身で受け取っていく姿に出会えました。
ほかにエノキの実やガマヅミの実を食べたり、普段の生活では味わえないものを口にした方もいらしたのではないでしょうか。
最終日もくり山に登りました。
ひとりひとりが未知の場所で、気持ちをいっぱい広げて歩む姿が愛おしく、そんな時間を共有できて幸せでした。 


ページtopへ戻る

Square_wht_Right.png過去の森のようちえんワークショップ便りは以下よりご覧頂けます。

第20回 / 第19回 / 第18回 / 第17回/ 第16回/ 第15回 / 第14回 / 第13回 / 第12回 / 第11回 / 第10回 / 第9回 / 第8回 / 第7回 / 第6回

--------------------------------------------------------------------

もみの木便り

LinkIconClick to Go

森ずかん

LinkIconClick to Go

もみの木ギャラリー

LinkIconClick to Go

メディア紹介

LinkIconClick to Go