ワークショップ / NPO法人 こどもの広場もみの木

森で子どもの内なる自然を見つける vol.1

2013/11/25

6月に続き、今年2度目のワークショップ週間が始まります。今回から始まるテーマは<森で子どもの内なる自然を見つける>です。
これまでテーマにしてきたこと<子どものペースで歩こう><子どもと楽しみ子どもを知る>に続くものです。
これらのテーマは、子どもを育てる大人が〝子どもにとって〟という視点を獲得し深めていくための入口のひとつに位置づけたいと思います。
<子どもの内なる自然>というと、どんなことを思い浮かべられるでしょうか。
日常の暮らしでも、その気になって見ると、子どもの内に息づく自然に気づくことが出来ると思います。
このワークショップでは<森で>という要素が加わり、子どもたちは自分の内なる自然と、どのようにマッチングしていくのでしょう。
こんなことが分かっていくと、面白いと思いませんか。そして「子どもは本来、自然なもの」という人間の土台を知るために、
子どもの内なる自然を見つけて、子どもを知り直していく楽しみを皆さんで味わえれば、と願っています。
さて今回、皆さんをお迎えするのは、もみの木園の2歳から6歳の22人の子どもたちです。クラスと11月現在の年齢構成は、
ことりぐみ(2歳4人、3歳4人、4歳5人)すみれぐみ(年中4歳4人、年長5歳2人、6歳3人)です。一番小さい人は10月入園のFくんと
7月入園のMHちゃん(2歳)です。一番小さい人を真ん中に、このメンバーで出来ることを子どもたちが見つけて、
日々の活動をつくっています。
ワークショップは子どもたちにとって毎日〝お客さん〟をお迎え出来て、一日一緒に過ごせることを、心待ちにしています。
ですからいつもとは少し違う一週間になります。ご参加の子どもたちは、きっと一緒に歩きながら、心が動くことに出会っていくでしょう。
はじめてのことこそ、足を止めて向き合ってもらいたいです。そしてまわりの人たちと、その〝時〟を共有出来たら、どんなにいいでしょう。
11月23日は舞岡公園の収穫祭でした。そのとき、9月より田んぼのあぜ道にずらりと並んでいたかかしの人気投票の結果が発表され、
もみの木園のお母さんたちが作ったかかし〝Hさんと子どもたち〟が1等賞になりました。Hさんは田んぼでお世話になっているボランティア
の方です。
かかしのHさんがあぜ道に立っているのを見つけると、子どもたちは必ず駆け寄り、「Hさん!」と話しかけていました。
本物のHさんと出会うと、かかし以上に再会を喜び合います。嬉しいニュースが飛び込んできて、みんなで大喜びしています。
そんな喜びのなかでワークショップが始まります。


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今日という日 Vol.2

2013/11/26

週が変わった今日、舞岡公園の木々、地面、道、空気…何もかもが一変していました。冬へ大きく一歩踏み出した感じです。
季節はこうやって変わっていくのです。 
今日は曇り空…ワークショップが始まりました。朝の顔合わせの時、Hさんかかしが1等賞になったことをみんなで喜びました。
今日はそのかかしをお母さんたちが解体することになっているため、最後にもう一度、かかしのHさんに会いに行こうと古民家へ急ぎました。
Hさんかかしの見納めです。子どもたちは「どうして?どうして?」と聞きます。そこで「かかしの役目は終わったので、
Hさんかかしの体のなかの稲わらを田んぼにまいて土の栄養になってもらうの」と伝えました。
かかしが土に、そして来年の稲の栄養になっていく、その循環を子どもたちに知ってもらいたいです。
今日は古民家へ行ったのが早かったので、瓜久保からみずきの丘へ向かうことにしました。瓜久保門を入ると、
先に到着していたJPくん(3歳)が、転んで手が痛いと泣いていました。その後みずきの丘に着いて、みんながお弁当を食べ始めても、
JPくんは泣き続けました。
いろんな子どもたちが心配して、JPくんのそばにやってきましたが「あっち行って」と拒みます。一番小さいFくんは、お弁当を
食べるのをやめてJPくんのそばに行き、一所懸命働きかけています。見るとFくんの両手が汽車ごっこのときのように、「シュシュ…」と
動いているのです。Fくんは汽車ごっこが大好きです。自分が好きなことにJPくんを誘おうと思ったのでしょう。実はJPくんも電車ごっこが
大好きです。
しかしこの時、JPくんは泣き続け汽車ごっこに入ってくれなくて、Fくんはしょんぼり戻ってきました。
JPくんは、どこかで自分の気持ちを立ち直らせるはずだと待ちましたが、今日はいつもと違って見えたので、私がそばに行ってみました。
転んで痛かったところは見せてくれません。「見るのはお母さんだけ」とJPくん。そして私が鼻と涙を拭くと、「鼻もお母さんがふいてくれる。
涙は自分で拭く。口はお母さんが拭いてくれる。お尻はウンチが出たときお母さんが拭いてくれる」と言いながら、
だんだん楽しくなってきました。
そこで「JPくん、今日はお客さんがいっぱい来ているから困ったの?」と聞いてみると、こっくりうなずきました。「お客さんたちは、
もみの木に遊びに来てくれて楽しそうだよ。JPくんも、もう泣くのやめたら?」と言うと「うん」と。
このときからすっかり気持ちを切り換えられました。JPくんは今日、ワークショップといういつもと違う一日のなかで、
困り果て立ち尽くし不安を乗り越えて、いつもと同じ自分を取り戻しました。今日という日は、どんなに大きい一日だったことでしょう。


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昨日・今日・明日 Vol.3

2013/11/27

昨日泣いたJPくんは、今朝会うとすぐに「オレ、今日は泣かない」と言いました。昨日の経験は、今日の自分をしっかり立たせて
自ら決意を伝えに来たのです。
その時、「JPくん、今日もワークショップだからね。…」と言おうとすると、もう、いつものように長くていい形の枝を振り回して、
勢いよく駆け出していきました。その後ろ姿は「もう分かったよ」と言っているようでした。
今日は晴天。昨夜の雨と風で落ち葉がたっぷり。朝の顔合わせは、落ち葉の山を駆けまわる子どもたちがいっぱいで、
ごちゃごちゃしながらも、全員の名前を呼んで今日の活動が始まりました。輪になって…というと、絶対に輪にならず、
輪の外側を動きまわる人がいたり、輪から離れたところで、みんなを見ている人がいたり、もちろん友だちと手をつないだり肩を並べて、
輪を形づくる一員になっている人たちもいます。いろんな人たちが「さあ、今日もはじめよう」と了解出来ればいい訳です。
最初に行ったのはもみじの広場。さっそくここで落ち葉遊びが始まりました。思い思いに遊び始める、その様子はとても興味深いものです。
小さい子どもたちが、真っ赤に色づいたもみじの美しさに見とれている様子を見て、大人が紅葉を美しいと思うのと同じなのかな…
なんて思っていると、J3と呼ばれているわんぱく3人組(JO、JYや、JP)の戦いごっこが始まりました。
近くの保育園の子どもたちもやってきて、広場は遊んでいる子どもたちでいっぱいになりました。ひとりひとりをよくよく見ると、
誰もが自分で遊んでいます。どこででも遊んでいます。おやつも「お腹がすいたから」食べました。
今日のおやつは昨日、届けてくださったTおばちゃんの揚げパン。おかわりもあって、のんびりゆったりした時間でした。
その後田んぼへ向かいました。
いつも思うのですが、子どもって移動のときもずっと心が動いている。そんな子どもたちは決して「次は何するの?」って聞きません。
田んぼにつくと、昨日確認済みでしたが、あぜ道のかかしがもうないことに、もう一度「かかし、ない!」「Hさんかかし、ない!」
と子どもたち。
さて明日も言うでしょうか。昨日、今日、明日…と子どもたちは何かを知り、からだのなかに取り込んで、また気づいたこと
を確かめていくのでしょう。
子どもは、まわりの世界が分からないことだらけだから、分かったことを繰り返して世界をつかんでいきます。
これは子どもの思考回路を形成する内なる自然の摂理かもしれません。田んぼのあぜ道を歩き、小川を覗き込み、池を眺め、
山道で神さまの木に出会い、険しい階段を上りきり、はじめのもみじの広場に戻ってきました。こんな一日が明日に続きます。 


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遊びをせんとや生まれけむ Vol.4

2013/11/29

今日は子どもたちが6人参加。子どもがいっぱいでした。なかで一番小さい1歳6ヶ月のKRちゃんに合わせて、
ゆっくり歩むことにしました。まずはすぐ近くのおおなばの丘へ。もみの木園の年中・年長組(すみれぐみ)の子どもたちは、
荷物を置くとすぐに、チョコレート屋さんを始めました。ここに来たら、すみれぐみの子どもたちの誰もが、
あの遊びを思い出してやりたくなったのでしょう。この秋、舞岡公園のあちこちで土のだんご作りに没頭しました。
それは鉄だんごと呼び、粘土のような土と水と乾いた白いさらさらの土で作ります。より硬く黒光りするように、
手作業が続きました。その続きで場所をおおなばの丘に変えたら、子どもたちは、そこの土の性質で判断したかのように、
チョコレート屋さんになったのです。一日中遊んだ日もありました。チョコレート屋さんは大きな平らな石の上が舞台です。
その石のまわりの土がいいのだそうです。遠くの水道から水を運び、石の上で土と合わせます。とろとろになった
チョコレート(泥)を手で混ぜているとき、からだの隅々までとろとろになっているような熱中ぶりです。
少しずつ土を増やしてチョコボールにしていきます。道具は枝と石と自分の手。大きな石の下では土を掘り続ける役の子どもがいます。
遊ぶ子どもは、労をいとわずまめまめしく勤勉です。遊ぶとは働くこと?と思うほどです。子ども同士、
ことばもいっぱい行き交いしゃべりっぱなしの人もいます。泥と戯れながら、子どもは子どもと遊んでいるのでしょう。
そして自然物と子どもは、一体化して遊びます。
すみれぐみがチョコレート屋さんの準備を始めると、2歳から4歳のことりぐみは、それを待ちながら遊びが始まります。
今日もそうでした。なだらかな丘のあちこちで、思い思いに…。ワークショップに参加した子どもたちも、みんなよく遊んでいました。
はるか昔、平安時代より伝わる歌があります。
「遊びをせんとや生まれけむ。戯れせんとや生まれけむ。遊ぶ子どもの声聞けば、 我が身さえこそゆる動(ゆる)がるれ。」
今日、おおなばの丘でこの歌を思い出しました。無心に遊ぶ子どもたちを見て、大人の自分も心が動いてしまう…
平安時代も21世紀の今も同じなのでしょうか。
ワークショップにご参加のみなさんは、毎日子どもたちのペースに合わせて、遊ぶ子どもたちを見守ってくださいます。
子どもたちは、一日中遊んでいる感じですよね。遊びは大人が与えられないもの、子ども自身がつくるもの、そして主体を育てる大本です。
「遊んでばかりで大丈夫?」なんて心配無用です。心もからだもいっぱい動かして、遊べや遊べ!。


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逸脱のエネルギー Vol.5

2013/11/30

今日は最初にもみじの広場へ。ばらの丸橋を渡るとゆるやかな下り坂を、子どもたちは駆け出しました。
そして下の道が分かれる所で止まると、次々と仰向けに寝転がりました。背中のリュックを背もたれにして空を仰ぎ見ています。
後からやってきた子どもたちも「自分も!」と面白そうにつながって寝転びました。今日一日を思い起こしても、子どもたちは
よく地面に寝転んでいました。
自然に地面に近づき、気持ち良さそうです。きっと大地の安定感を感じていることでしょう。また立っている姿勢が縦ならば、
寝転ぶと横の姿勢になり、見えるものも感じる角度も変わるはずです。子どもたちはそんな感覚を、密かに味わっているのではないでしょうか。
もみじの広場では、今日も落ち葉で遊び、原っぱを駆け回り、木登りも始まりました。子どもは子どもを見ながら、遊びを共有していきます。
遊びに来てくれた子どもたちも、もみの木園の子どもたちも、みんなが混ざり合い打ち解け合って遊んでいることが何よりでした。
おやつを食べたら田んぼへ出発。この道も下り坂なので、駆け出す子どもたちがいっぱいです。田んぼへ山の階段を下りていくのですが、
先に着いていたJYくん(4歳)がハトを追いかけて、階段方面を通り過ぎ、ばらの丸の丘へ駆け出しました。
そのJYくんの後ろをKHくん(3歳)、またその後ろからFくん(2歳)が連なって駆けて行きます。このメンバーは手強くて面白いのです。
たぶん先頭を走るJYくんは、みんなが田んぼへ向かったことも知っているし、田んぼへの道も知っているのですが、
今はハトを追いかけたかったのでしょう。行ってみると窪みの落ち葉で遊んでいました。それを見た瞬間、私も「あっ!いいな」と思いました。
私が来ていることに気づきながらも、子どもたちは、今見つけたここに心が釘付けになっていました。
その窪みはなだらかな丘の道のようにつながっていて、ずっと落ち葉で埋まっていました。その落ち葉を足で蹴りながらFくんが進むと、
シュシュシュシュ…といい音がします。たちまちFくんの後ろにKHくん、JYくんが並んで、落ち葉を蹴って進みました。
これだけのことですが、心から満ち足りた様子でした。大田堯(たかし)さんの本「子どもの権利条約を読み解く」のなかにあった
一文を載せます。「子どもはときに、大人の既成観念からはみ出し、逸脱ともみえる新鮮なものの見方、感じ方、行動の仕方
で自分を表現します。
それがこどものねうちであり、社会進歩の可能性の担い手でもありうることを頭に入れて、大人たちはそれに〝響き合って〟
生きる能力をもつことが、ほんとうの『子どもの最善の利益』にかなうことになるのだと思われます。」
逸脱と共感、なくてはならないもの…。


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子どもはあくが強いから Vol.6

2013/11/30

今日はワークショップ最終日。朝一番に行ったもみじの広場には、霜が地面に凍りついていました。たぶん今朝は
舞岡公園の初霜の降りた日ではないでしょうか。
凍った霜を指でさわって「冷たい!」と歓声を上げる子どもたち。子どもは霜、氷、雪など水にまつわるものが大好きです。
いよいよ冬ですね。今日はもみじの広場の裏側、古御堂方面への坂道で遊びました。もみじの広場から徐々に下っていったのでしょう。
昨日までとは行動範囲が変わり、ぐんと広がりました。子どもたちのからだの細胞が日々新しく変わっていくように、
同じ場所に来ても子どもたちの遊びは毎日変わっていきます。そしてこれまで踏み込んだことのない場所に、到達していました。
分からなくて行ってしまったのではなく、子どもの足取りを見ていると、未知の場所を見渡してちょっと勇気を出して、
足元をよく見ながら手に持った枝を振って(転ばないようにバランスをとっているのか?)一歩一歩進んでいきました。
誰かと一緒だと勇気倍増で、足取りも軽くなります。こんな探索活動は、子どもにとって自分たちが過ごす場所を知り尽くしていくために、
どうしても必要なことです。案内人がいてもいいのですが、〝自分で・自分たちで〟が大事なのです。
さてもみじの広場で、Tおばちゃんに出会いました。手作りのおやつを持って、私たちを探してくださっていたところでした。
みんなで田んぼへ向かい、おやつを頂くことにしました。その時、Tおばちゃんと立ち話をして、ピンと気づいたことがありましたので、
お伝えしたくなりました。Tおばちゃんは舞岡公園から少し離れたところにお住まいで、ご夫妻で長らくもみの木の子どもたち
を支えてくださっています。
Tおばちゃん曰く「子どもってあくが強いじゃない。ひとりひとりに向き合うと、そのあくの強さに太刀打ち出来ないというか、
子どもが発するオーラに圧倒されちゃうときがあるのよ。」だからご自分の状態を整えて、子どもたちに会いに来てくださっているとのこと。
子どものあくと聞いて、思い当たることが次々と脳裏を駆け巡りました。子どもって率直で、しつこいし、しぶとい。
まさに昨日の〝逸脱のエネルギー〟を持つことと同じで、なくてはならないものではないでしょうか。さらに考えてみると、
子どものなかにあくが感じられない人がいることも気掛かりになりました。そしてTおばちゃんが、ひとつの句を…。
「まっすぐな道で さみしい 」山頭火
これも子どもたちの内なる自然性を豊かに育てていくための、子どもを見る視点に通ずる句に思えました。
子どもたちの歩みはジグザグ、行きつ戻りつ、道草しながらいろんなものと格闘し、いろんな人と分かち合い、
遠回りもしてこそ自分をつくっていけるのではないでしょうか。それが育つということ…。今日も帰り道で見つけた落ち葉の吹き溜まりで、
しばし落ち葉に埋もれて遊びました。子どもたちの嬉しそうな顔…からだが大地と一体になって遊んでいました。

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Square_wht_Right.png過去の森のようちえんワークショップ便りは以下よりご覧頂けます。

第20回 / 第19回 / 第18回 / 第17回/ 第16回/ 第15回 / 第14回 / 第13回 / 第12回 / 第11回 / 第10回 / 第9回 / 第8回 / 第7回 / 第6回

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